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心の癒しと夢、瞑想、精神世界について、です

古い憎しみを癒す:夢と癒しと瞑想ノート

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瞑想に興味を持ってから20年超。 その羊腸の道の風景を、ところどころご紹介していきます。 道を求める人へ、何かの参考になれば幸いです。 書き込みの日付は、もともとの日記の日付です。

古い憎しみを癒す

今日は、ひどくウンザリという感じに悩まされた。
いくら瞑想しても、炎にはなれず、タイムマシンの瞑想も出来無い。炎が複数にならない。
いつもどおりの、炎の瞑想とか出来ない感じだった。

無理してやるか。それとも、ウンザリをさなぎとするか。
それとも全託しろという警告が、このウンザリ感なのか?

―色々と、追いかけてみた。初めは、まず、木の葉の瞑想で全託の確認を。
結果はまあまあできたけど、ウンザリ感は変らず。

違う瞑想をしろ、ということか?
ウンザリしながら、同時に直感を研ぎ澄ます。

僕は、今の癒しのプロジェクトをテーマに瞑想してみた。理屈なんかどうでも良いと思った。僕が光りで満たされれば、仕事は進む。逆に、憎しみで満たされているうちは、先には進めない。当たり前のことだけど。

やはり、僕に必要なのは、炎の瞑想で自分を光りで満たすこと。
でも、やはり、うんざり感が強くて、炎の瞑想には戻れない。

それにしても、毎日、瞑想は少しずつ進歩している筈。ウンザリしなければいけないほど、瞑想自体は、停滞はしていなかった。

やはりこれは心の中の抵抗感か。
見られたくない自分がいるのか? 炎の光りに、あぶられて、隠れきれずに出てきたのか?
トラウマか、解消されていなかった心の傷か?

ワールドカップのサッカーのシーンが突如浮かぶ。
自分もプレイヤーになっている。相手が後ろから、押し倒すような。むむ、この相手は、かなりの手ダレだ。

こいつは、見手としての僕と同じぐらいのテクニック、パワーを持っている。
トランスも深まらない。方向が定まらない。
ぐにゅぐにゃだ。

…そういえば、このウンザリ感は今まで何度も、僕の瞑想を中断させてきた。このウンザリ感で、半年も瞑想を中断するハメに何回も追い込まれたことがある。

瞑想の調子が出て、深まってくると、ウンザリしきって、出来なくなった。
今回も、同じ。そんな危機感を持つ。―ここで諦めちゃ、だめだ。

ウンザリの存在が僕の世界を覆っている。僕の世界の枠になっている。やはり、光の瞑想で、あぶり出しされてきたよう? 炎の光で僕を満たせないのは、この闇が原因か?

うんざり感の底には、そう、確かに、憎しみがある。…そういえば、少し前に、こんなメッセージを受け取ったことが有った。
「本当の自分を見たら、今のあなたには、自分自身を許せない」と。
それほどの自己否定、ネガティブが僕にあること、そのときには、分からなかった。

でも、もし、そうなら、これがそのネガティブの正体かも。…というか、このうんざりは、ただのウンザリではないのかも。もっともっと根深いものかも。
思い出したメッセージがヒントになった。
何をするべきか、見えた! ここから先は僕の庭だ。

僕はこの闇、黒い煤の感情に自分を一体化させた。
憎しみと同一化する。
内臓から、暗闇の中から、ぐぇーーーー、と。

僕は悪霊になる。ああ、これかぁ。僕は悪霊自身なんだ。
舌を伸ばして、チョロチョロと。ぐぇーーーーー!

どの感情、どの僕かは分からないけど、激しい憎しみ。すでに悪霊と化したような憎しみ。

ぐぇーーーー。何百年も放って置かれた感情は、その原因も風化し、憎しみ、つまりは純粋な悪意に、変化するしかない。

もちろん、これも僕。受け入れるのはいうまでもない。光で、包んで癒してあげたい。

今まで拒絶してきてごめんね。一つになろう。

…そして、トランス状態が自然に終わった。僕の心は、現実に戻る。
うん。面白かった!(^^)


参考リンク
憎しみの連鎖を描く絵本「終わりの無い物語」

  1. 2002/06/10(月) 20:15:01|
  2. 瞑想の記録|
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