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心の癒しと夢、瞑想、精神世界について、です

座標と体験:夢と癒しと瞑想ノート

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瞑想に興味を持ってから20年超。 その羊腸の道の風景を、ところどころご紹介していきます。 道を求める人へ、何かの参考になれば幸いです。 書き込みの日付は、もともとの日記の日付です。

座標と体験

瞑想、昨日、今日と。


自分の座標軸を0ということは、つまり、真っ直ぐに体験する、ということ。「僕イメージ」が経験するのではなく、本物の僕、宇宙の中心の僕が、体験する、ということ。
いわば、距離が近くなる感じ。


例えば、過去生を思い出しても、空を飛ぶイメージで遊ぶときも、想像の僕イメージが何かをしていて、それを本物僕が見ている、というのではなくて、本物僕が、まさに、今、ここで、体験するということ。

これは、痛みを痛みとして経験するということでもある。―だから、怖いこと。


でも、それだけ感覚がシャープに研ぎ覚まされる。つまりは、感覚の次元が変わる。
僕イメージの間接経験と、本物僕の経験では、全く、違う筈。


想像の世界で、炎が身を包むと思うとき、本物僕で、それを経験しようとすると、そこの感覚のシャープさは、本物の体験以上かも、と思ったり。ある意味で、より純粋な経験なのかも知れない。物質の炎ではなく、炎のエッセンスを体験するという意味で。


なんだか、自分の感覚・神経が眠っているように、感じる。鈍くて、まさに眠っているように。これを起こす、という作業をしているのかも。


経験のシャープさが増す。鈍さで、身を守っていた・保護していたところから、卒業して。うむむむ…。おもろいなあ。


  1. 2002/07/26(金) 06:41:20|
  2. 瞑想の記録|
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