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心の癒しと夢、瞑想、精神世界について、です

2006年04月:夢と癒しと瞑想ノート

TOPへ-夢と瞑想、気づきと癒し、精神世界の道程

瞑想に興味を持ってから20年超。 その羊腸の道の風景を、ところどころご紹介していきます。 道を求める人へ、何かの参考になれば幸いです。 書き込みの日付は、もともとの日記の日付です。

点と宇宙と

今日もまた、例の強烈な何かと向き合ってみた。

・・・ちなみに、これはトラウマとは関係がない。

今ここに、全ての存在がある。自分は宇宙の中心であり、時の中心でもある。
今ここは、点に過ぎないのだけど、そこに存在の全てがある。

時も距離も錯覚に過ぎない。それは、観念に過ぎない。
だから、今ここに、全ての存在へのアクセスがある。

・・・こんな風に言葉に書くと、つまらないのだけど、瞑想をしていると、上記のようなことが「体験的に」、実感してくる。

ところが、全てがここにある、というのは、凄い事なのだ。
自分の意識は、相変わらず小さいまま。

だから、そこに、とんでもないギャップがある。
そのギャップで、苦しむこととなる。

ここのところ、毎日、同じだ。
この過程を通して、少しは、意識が成長するんだろ~か。
はは。^^;
  1. 2006/04/26(水) 00:03:47|
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強烈な存在・感情

どうもうまく表現できそうも無いのだが・・・

このところ、ずうっと同じテーマの瞑想に、結果的になっている。
自分を開いて、同化しようとして、受け取ろうとして、―そこに本当に強烈なエネルギーがあって。

力を込めないと、ただ弾かれる。だから力を込めて、特に呼吸を深く、長く、特殊な呼吸をして、受け止める。

そうすれば、弾かれはしないのだけど、何もゆとりがなく、ただ感じて、歯を食いしばっているだけなのだ。

結局は、僕の力の問題なのだろう。

僕の中の、様々な感情。怒りとか、悲しみとか。生きてきた中での様々な強烈な感情。
それが、情けないほど、軽く浅いのだ。

大河の前で、ちょろちょろと水が漏れているぐらいなもので。

俺、この中に入って、消化、できるのかなあ?
  1. 2006/04/24(月) 23:51:50|
  2. 瞑想の記録|
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自分を神と思うこと

サイババさんとか、インド系の瞑想などで、「自分を神」と思うといったものがある。
内なる神に出会うとか。

それはそれとして、ここで書くのは、もっと皮相的なこと。

宇宙の中心が、どこか?
―それは、まさに自分の心。

では、時の中心は、どこか?
―それもまさに、今。

自分は常に今、ここにいる。

イメ―ジ訓練のとき、これを意識すると、イメージの中での飛翔とか、宙返りとか、やりやすくなる。

宙返りのときも、自分を回すと思うと、うまく行かない。天地がひっくり返るだけと思うと、うまく自分が回る。

つまり、どんなときにも、自分はまっすぐを向いている。

宇宙と時間の中心で、さらに、常にまっすぐとは・・・、これは確かに神に他ならない。

さらに、自分の感情。思考。
これはまさに自分がコントロールするもの。いじけた気分で生きようと思えば、何十年でもいじけていられる。
誰も、「いじけるな」と、心に強制することは出来ない。

ここにも、まさに自由意志がある。この自由意志を考えると、これは神に他ならない。

実際、自分が自分にとっての神と思うと、より自己責任の意識が芽生える。

たとえば、いじけた気分で生きることも、自由だし、明るく生きることも、自分の自由。
誰も直してはくれない。自分以外の誰にも直す力はない。

そんな風なことを意識して、瞑想をすると、また、より真っ直ぐな瞑想となる。
面白いものだ。
  1. 2006/04/13(木) 19:35:05|
  2. 瞑想の方法といったこと・雑感|
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神社の夢

今朝方の夢。

有名な神社をお参りしている。家内と一緒に。そこは荘厳な雰囲気。
桜の花びらが散っている。神社のお参りする場所に。
なぜか黄色い花びら。桜の花弁が黄色なのだ。

その花びらが舞い落ち、やむ事がない。何か仕掛けがあるに違いない。
屋根に落ちた花びらを全てお参りするところへ落とすというような。
しかし、仕掛けは見つからない。

それにしても、見事だ。

僕は、お札か何かを納めようとしている。しかしながら、黄色い花びらに混じって、小石も落ちてくるようだ。
実際、その神社にお参りするのは、危険なのだ。

あたかもその神社が、自分を守っているかのように。僕は、裏に廻って、怪我をしないで済むように、注意深く、落ちてくる花びらが途切れるのを待った。

そこへ、逞しい男性。武道家だろうか。突然、現れて、僕のお供え物のことを、きちんとやってくれた。御参りも、だ。
上から落ちてくる小石の危険など、目にもくれずに。

僕は、ありがとうと感謝する。

そして、妻と家路につく。エスカレーターか何かに乗って。

***************

という夢だったのだが、色々な意味で象徴的な気がした。
大変にスピリチュアルな夢だったのだ。

ちょうど、心を、霊的な世界へ沿わせようとしていたところでもあり。
神社の荘厳な雰囲気。お参りする事の危険。そして、助けをくれる人。


  1. 2006/04/09(日) 19:42:35|
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