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心の癒しと夢、瞑想、精神世界について、です

2002年06月:夢と癒しと瞑想ノート

TOPへ-夢と瞑想、気づきと癒し、精神世界の道程

瞑想に興味を持ってから20年超。 その羊腸の道の風景を、ところどころご紹介していきます。 道を求める人へ、何かの参考になれば幸いです。 書き込みの日付は、もともとの日記の日付です。

光と癒し

光りと炎の瞑想をやった。

僕自身が心にある怒りを昇華できず、心が癒せない状態で、前に進めるはずもない。

光の中で泣く。光りの中で、痛がり、傷つく。そうすれば、光りは圧倒的な愛で、癒してくれる。―これが、光りの利用方法。

全ての出来事に、光りを見る。今、傷つき、苦しむ人たちも、その傍らに、光りが有る。光りの中で昇天し、癒される。本人が、光りを拒否しない限り、だ。

光りを受け入れること。怖がらずに。つまりは、明晰な光りの中で、痛がること、うらむこと。暗闇に逃げるのではなく。。。。

  1. 2002/06/26(水) 08:33:05|
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光へ

プールに行って来て、食事の直後だったこともあり、前半は、随分、眠いというか、リラックス。
それはそれでよかったけれど、十分に、そのリラックス、生かせなかったかな?

光/炎の瞑想を念入りにやった。

光の中へ眠れるように。光に向かって、死ねるように。光の中で癒されるように。
物質の向こうにも光が有るのかな。―随分と光で満たせたけど。もっともっとだろう。

複数の炎の瞑想は、どうかな? 炎が複数に見えるというのは、良いけど、複数の自分はあまり実感しなかったな。

平和な瞑想だった。
  1. 2002/06/25(火) 08:29:07|
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複数の自分

大勢の自分を意識して、複数の炎。
それこそ自分がアメリカ人であり、クリスチャンであり、モスリムであり、日本人であり、中国人であり、仏教徒であり、と。
―まるで狂気の感じ。はは。^^;

そこで思ったのは、狂気だと感じる、そのところにまさに、僕の心の限界が有ること。
つまり、「僕は、これこれこういう人間だから、許される」といった、条件付の愛を自分に持っているということ。

そんなことを思った。

その条件を外れては、自分を愛せない、許せない。複数の自分を狂気と感じるのは、その条件を外す不安そのものでは?

そして、その不安がある限り、条件付きの愛である限り、僕は前に進めないのだろう。
  1. 2002/06/23(日) 08:22:07|
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足腰のヒーリングの瞑想

足腰のヒーリングの瞑想。
この足腰の疲れは、何が、原因なのか?

―光りも通して。瞑想の最後に、このテーマをもう一度考えたところ、過去の自分が、腰を痛め、治療を受けることが出来なかった。その自分の癒しを今、している、という回答。

従って、癒しの光りは、今の自分というよりも、過去生の自分へ向けて。そうしないとなかなか間接的で届かない。そんなことを思った。

それから、自分を過去へ向かわせて、複数の自分が炎を見るというイメージを追いかけた。適当なところで、ハイアーセルフなりに、託す感覚を持てる。
そうすると、深めることも、ちゃんとした方向へ向かうことも出来るみたいだ。

炎を複数にする風/息と、自分を過去に向けて行く風は、同時に吹くのかも。ちょうど同じくらいの難しさ?
1時間少し瞑想をして、やめるときは、しばらく両腕を動かせない。
結構、深く入ってた。

  1. 2002/06/12(水) 20:35:03|
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時間と複数の自分

なるほど、そういうことか!
複数の自分なんだ。僕というのは、一人ではない。

つまり、1時間前の自分の記憶を持っている。その記憶の自分は、つまり1時間前の自分は、何かを感じ、何かをしていた。つまりは、人格を持っている。

今いる僕は、1時間前の僕と、2時間前の僕と、10年前の僕と、100年前の僕と。

それを今だけの僕と思うと、他の時間帯を生きた自分と融合できなくなる。

今の自分を、無限の自分、複数の自分として理解するということ。
今の自分の中には、全ての自分が生きているわけで、その事実を無視すると、自分自身を疎外することとなる。そうしてしまっては融合できない。本当の自分ではいられない。

その複数の自分が、同時に、一つの炎を見る。すると、視点が複数なので、炎は自然に複数となる。

これが炎の瞑想の応用バージョン、複数の炎の回答だ。

  1. 2002/06/11(火) 20:30:34|
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時間と複数の自分

なるほど、そういうことか!
複数の自分なんだ。僕というのは、一人ではない。

つまり、1時間前の自分の記憶を持っている。その記憶の自分は、つまり1時間前の自分は、何かを感じ、何かをしていた。つまりは、人格を持っている。

今いる僕は、1時間前の僕と、2時間前の僕と、10年前の僕と、100年前の僕と。

それを今だけの僕と思うと、他の時間帯を生きた自分と融合できなくなる。

今の自分を、無限の自分、複数の自分として理解するということ。
今の自分の中には、全ての自分が生きているわけで、その事実を無視すると、自分自身を疎外することとなる。そうしてしまっては融合できない。本当の自分ではいられない。

その複数の自分が、同時に、一つの炎を見る。すると、視点が複数なので、炎は自然に複数となる。

これが炎の瞑想の応用バージョン、複数の炎の回答だ。

  1. 2002/06/11(火) 20:30:34|
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古い憎しみを癒す

今日は、ひどくウンザリという感じに悩まされた。
いくら瞑想しても、炎にはなれず、タイムマシンの瞑想も出来無い。炎が複数にならない。
いつもどおりの、炎の瞑想とか出来ない感じだった。

無理してやるか。それとも、ウンザリをさなぎとするか。
それとも全託しろという警告が、このウンザリ感なのか?

―色々と、追いかけてみた。初めは、まず、木の葉の瞑想で全託の確認を。
結果はまあまあできたけど、ウンザリ感は変らず。

違う瞑想をしろ、ということか?
ウンザリしながら、同時に直感を研ぎ澄ます。

僕は、今の癒しのプロジェクトをテーマに瞑想してみた。理屈なんかどうでも良いと思った。僕が光りで満たされれば、仕事は進む。逆に、憎しみで満たされているうちは、先には進めない。当たり前のことだけど。

やはり、僕に必要なのは、炎の瞑想で自分を光りで満たすこと。
でも、やはり、うんざり感が強くて、炎の瞑想には戻れない。

それにしても、毎日、瞑想は少しずつ進歩している筈。ウンザリしなければいけないほど、瞑想自体は、停滞はしていなかった。

やはりこれは心の中の抵抗感か。
見られたくない自分がいるのか? 炎の光りに、あぶられて、隠れきれずに出てきたのか?
トラウマか、解消されていなかった心の傷か?

ワールドカップのサッカーのシーンが突如浮かぶ。
自分もプレイヤーになっている。相手が後ろから、押し倒すような。むむ、この相手は、かなりの手ダレだ。

こいつは、見手としての僕と同じぐらいのテクニック、パワーを持っている。
トランスも深まらない。方向が定まらない。
ぐにゅぐにゃだ。

…そういえば、このウンザリ感は今まで何度も、僕の瞑想を中断させてきた。このウンザリ感で、半年も瞑想を中断するハメに何回も追い込まれたことがある。

瞑想の調子が出て、深まってくると、ウンザリしきって、出来なくなった。
今回も、同じ。そんな危機感を持つ。―ここで諦めちゃ、だめだ。

ウンザリの存在が僕の世界を覆っている。僕の世界の枠になっている。やはり、光の瞑想で、あぶり出しされてきたよう? 炎の光で僕を満たせないのは、この闇が原因か?

うんざり感の底には、そう、確かに、憎しみがある。…そういえば、少し前に、こんなメッセージを受け取ったことが有った。
「本当の自分を見たら、今のあなたには、自分自身を許せない」と。
それほどの自己否定、ネガティブが僕にあること、そのときには、分からなかった。

でも、もし、そうなら、これがそのネガティブの正体かも。…というか、このうんざりは、ただのウンザリではないのかも。もっともっと根深いものかも。
思い出したメッセージがヒントになった。
何をするべきか、見えた! ここから先は僕の庭だ。

僕はこの闇、黒い煤の感情に自分を一体化させた。
憎しみと同一化する。
内臓から、暗闇の中から、ぐぇーーーー、と。

僕は悪霊になる。ああ、これかぁ。僕は悪霊自身なんだ。
舌を伸ばして、チョロチョロと。ぐぇーーーーー!

どの感情、どの僕かは分からないけど、激しい憎しみ。すでに悪霊と化したような憎しみ。

ぐぇーーーー。何百年も放って置かれた感情は、その原因も風化し、憎しみ、つまりは純粋な悪意に、変化するしかない。

もちろん、これも僕。受け入れるのはいうまでもない。光で、包んで癒してあげたい。

今まで拒絶してきてごめんね。一つになろう。

…そして、トランス状態が自然に終わった。僕の心は、現実に戻る。
うん。面白かった!(^^)


参考リンク
憎しみの連鎖を描く絵本「終わりの無い物語」

  1. 2002/06/10(月) 20:15:01|
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炎と鏡

炎の瞑想をじっくりと。それから、タイムマシンの瞑想も。

1時間、2時間と時を戻していって。一呼吸ずつ。

炎をイメージして、というのは、どうもピンと来なかった。むしろ、炎に吸い込まれそうになった。この感覚も途中までなんだけど。

炎そのものが鏡、という感覚も。つまり、炎なり、鏡に吸い込まれる。その向こうに過去がある、というような。これも、炎の引っ張りかな?

この吸い込まれそうな感覚は、新しかった。深い、という意味では随分深く入れる。あと、何が足りないんだろう?

炎と一体になるとイメージしても、体の中心から熱くはならない。これほど深く入って、それでも、汗をかかないのが、かえって不思議な気がする。
自分が炎になれば、熱さは感じないのかな?

あと、どうしたら良いんだろうなあ? 少し、違う方向の瞑想もしてみようかな。。。 マンネリになる前に。

  1. 2002/06/09(日) 16:23:32|
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図書館でフロイトの本を探す夢


僕は、古い図書館にいる。
あるいは、本屋の倉庫? かび臭いところ。

そこで、探し物をしている。見たいのは、1920年に書かれたフロイトの精神分析。その本、そのものから得るものは無いと理性はささやいているが、何かがある、と。

また、一方で、「自分をミミズだと思い込んでいる夫と結婚した女性の手記」という心理学関係の本、これを読みたいと思っている。

僕は落ち着いて、かび臭い図書室の中を、捜している。



  1. 2002/06/09(日) 16:20:36|
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集中できない

なんだか集中力が途切れたのかな? 
馬鹿馬鹿しいという感じが生まれて、集中できず。トランス状態そのものは、深まったけれど。

過去生の自分を感じ、癒す。

タイムマシンの瞑想には、取り組めず。抵抗感があって。この抵抗感は、また、何かのサナギか、つまりはトラウマのようなものか?

それともただの集中の疲れ・飽きか? 

まあ、たまにこんな瞑想が有ってよい。それなりに、深く、それなりに任せられたのだから。

  1. 2002/06/07(金) 09:46:17|
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住む世界の定義

トランスを深める呼吸は、急速に。遠慮することはない。
アクセルを吹かしたように、どんどんとトランスが深まる。

タイムマシンの瞑想。
これは、やはり、想像力を使うこと。1時間前、1日前と、そういう炎をイメージする。炎に重ねて、あるいは、横に。鏡をイメージしてもOK。そして、その想像の炎を見る。実体の炎と想像の炎を同時に。いくつもの炎を想像して、同時に見れば、それは複数の炎。無限の数を見ることもできる。

見て、感じて、その想像の炎を実感する。そして、好きな炎(100年前とか)を選びとり、その炎が照らし出す、例えば過去生へ入り込む。
十分に深いトランスに入れれば、過去へも未来へも行けるだろう。
面白いから、あちこちに行ってみよう。

炎の瞑想。笑いの情動反応。これは、ハイアーセルフに通じているのかな? 光で体を満たす。なかなか光りきれない。少しずつ、炎と一体化できているけど、結構、炎になりきるのは、難しい。

なにか自分の固定観念、枠があるのかな? 自分の住む世界を定義し直すこと、客観視することは、難しい。

参考リンク(住む世界の客観視との関連)
善悪中毒の心理学-戦争など葛藤を生む心理


  1. 2002/06/06(木) 07:51:13|
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笑いと落し物

瞑想を始めると、まず、笑い。何かがおかしくて、笑い。
しばらく、笑っていたおかげで、深く入れなかったけど、その後、深く入っても、笑いの感情が続いた。

何か、深刻に思って、閉じていた蓋が開いたみたいだ。そこに、トンネルのイメージ。その内壁は、ツヤツヤしている。そのトンネルを意識して呼吸すると、とてもスムーズに入れた。

それにしても、この笑いも、ハイアーセルフの一部なのか、僕の落し物なのか。

炎の瞑想も。光の中に、ハイアーセルフへのドア。つながっているものを感じる。笑いもかなあ?

―タイムマシンンの瞑想。
実態の炎から、一個一個追ってみた。
呼吸を使って、1時間なり昔に自分や炎を戻す。そこに鏡をおき、鏡に、1時間前の炎を写す。その炎を想像でよいのだけれど、トランスが深まると、その想像の、過去の炎に、実感なりが生まれる。どこか本物になる。

100年昔に飛ばそうとしたら、トランスが急激に深まった。面白い感覚だ。
だけどどうもならなかったけど。

それから、海の情景、船の情景とか。あれは過去生かなあ? かなりの映像の解像度。イメージというよりも、その情景を見ている。面白いなあ。
 
やはり、笑いで、何かが開いた。う~ん、あちこちに、落し物だあ。

  1. 2002/06/05(水) 07:45:04|
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ひっくり返る夢

昨晩、ハイアーセルフへ「次元をずらすコツ」を教えてくれと頼んだら、寝入りばなに早速、体験。

霊験あらかただな(^^)。

体全体が、ひっくり返るような感覚。頭だけではない。

ギョッとして、すぐに目が覚めたのだけど。何が回転しているのだろう? 

意識すると、さらに2~3回軽く。ほとんど悪夢に近く感じもした。

この感覚に、ギョッとしてるうちは、トランスを保てない。実際、回転そのものに、多くのメッセージ(真理)が込められていたようなのだけど、把握できない。

これを瞑想でトライするのは、どうやるんだろうなあ? 

それから、父の夢も見たな。覚えてないけど、父が笑顔で登場していた。

  1. 2002/06/02(日) 08:06:06|
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