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心の癒しと夢、瞑想、精神世界について、です

2002年05月:夢と癒しと瞑想ノート

TOPへ-夢と瞑想、気づきと癒し、精神世界の道程

瞑想に興味を持ってから20年超。 その羊腸の道の風景を、ところどころご紹介していきます。 道を求める人へ、何かの参考になれば幸いです。 書き込みの日付は、もともとの日記の日付です。

過去/シコリ/世界を癒す

今日は、軽く。炎/光の瞑想をしよう。
いつもどおりに、心の中に。深く、静かに。。。

すると途中でシコリのようなものに気づく。…見ると、その部分が、涙ぐんでいる。
即、炎の瞑想は中断。こういうときは、柔軟に対応するんだ。

さて、そのシコリを意識の中で、追いかけたところ、僕の直近の過去生へ。
映像が廻りだす。

母を亡くして、体に障害を持ち、「お母さん、生き返って、私のこと、もう一度、生み直して」そう、いつも念じていた頃に戻っていた。

母の仏壇で、いつもそう、母へ祈っていた。
母が生まれ変わりさせすれば、なんとかなる、そんな気がしていた。どうにもならないと知りながら、「お母さん、何とかして!」と亡くなった母へお願いしていた。

あのころの自分、まだ、傷ついているのか…

むろん、癒しの方法は知っている。世界を癒す方法だって、知っているんだから。

そのころの自分へ向かって、「君/僕は、立派に生まれ変わったんだよ」と優しく話し掛ける。「昔の、頑なな気持ちを開いて。僕と同化しよ! 君は僕なんだから」と。
融合のイメージを、暖かい気持ちでそっと送る。
「君は、とっても立派になったんだよ。だから、僕と同化して、君の力を貸して欲しい」と。

…シコリが消えた。


参考リンク―世界を癒す方法について
平和の絵本の旅




  1. 2002/05/28(火) 13:10:27|
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光と涙

光で自分を満たすと、涙の川が溢れ出る…

さて、今日も炎の瞑想。自分を光で満たし、透かし…。
そういえば、炎の瞑想は、もともと癒しの瞑想だった。

そして、この炎の光は地球を癒す。どこまで広がって、地球を癒す光となる。そんなイメージを。

もともと遠隔ヒーリングで練習した瞑想が、そのまま、地球を、人々を癒す光へ。
途中で、灯台の光へなってくれるよう、導きを求めて祈りを。
すると目の前の炎が、まるで灯台の灯りであるかのように連想。

なるほど。
導いてくれる存在は光の中にいる。そして、自分が炎をと一体になるというのは、その存在と一体になるということ。
 
光、本来の心は、光に満ち、ハイアーセルフは、光の中に居て、それは、また、霊界の太陽、白い光につながって、光は、地球を癒していく。
その癒しの炎へ溶け込んで・・・

瞑想は流れていく。
内的宇宙と外的宇宙が交わる瞑想へと移行。

ここにも別の体験がある。戦争を繰り返す圧制者を吸い込んで、その激しいカルマ。つまりは、トラウマ。
そのカルマは、また内的宇宙へと繋がっていく。そのカルマが存在しない唯一の地点は、宇宙が交差する点。

この点に、さっきの癒しの光を置くのか?(外的宇宙=物事の事象。戦争なども。内的宇宙=事象によって、引き起こされる感情。あるいは、感情のシコリによって、生まれるカルマ。その永遠の循環の、ブレの無い世界、唯一バランスする点。それがこの交差点かしら? 
ブレの上では、どうしても敵味方、復讐心またその反対の愛などになってしまう。敵味方を超えられない。敵味方を超えなければ、この循環は、超えられない)
そして、光…

心の中の、光に抵抗する、シコリを開けると、そこには、こちらを横目で睨む目。野獣のような(^^)。 

おいで。おいで。みんな、おいで。僕は笑顔で迎える。今は、統合の時なのだから。世界平和もまた、調和の中に見つかるように。
様々な情動反応。様々な体験。

その意味は、僕の脳は、分からないけど、分からなくても良い。
僕は、確かに脳以上の存在なのだから。

分かろうとすると、体験できない。僕に出来るのは、あるがままに受け取り、体験するだけだ。

それにしても、光で自分を満たすと、涙の川が溢れ出る…。
あ~、しんど。
ろうそくの前の、メタモルフォーゼだ。

リンク
世界平和を願う方への手紙
  1. 2002/05/27(月) 16:12:07|
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ある人種の愛らしい少女

ある人種の少女の夢を見た。
4歳くらいの可愛い純真な少女だ。

僕は彼女に、違う見方を教えている。
社会問題や歴史教育の、一般とは異なる見方だ。僕は、彼女が属する社会で偉人とされている人々の暗い面に、光を当てた。
偏見を持ったまま大きくなって欲しくない。
「どれほど大勢の人々が、その結果、命を落としたか、犠牲になったか、分かるかい?」
「え?・・・あの偉人すら、偉くないの? ・・・もしそうなら、誰も人類で、尊敬できる偉人なんて、いなくなっちゃうわ!」と少女。
ショックを受けたのだろうか。
「ほら、そこが固定観念なんだよ。君が言ったどの人も、君と同じ人種だって、わかるかい? 君の人種は、全人口のごく一部しかいないんだよ。なぜ、全人類というとき、君は君の人種だけに絞るんだい?」
―夢の中で、僕は、彼女に気を使いながら、話している。彼女を傷つけないように。この可愛い女の子を傷つけてはいけない…。

さて、この夢。
相手を純真な可愛い少女だと思うこと。そう思うことで、傷つけないように、攻撃的にならないように…
夢のメッセージかな、と思う。

参考リンク
社会問題や道徳・歴史教育への異なった見方を描く絵本「教育マシン」
  1. 2002/05/27(月) 12:49:21|
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世界を癒す

疲れていて、気力が無かったが、それなりに、瞑想。気力の無いときには、気力の無いなりに。

まず、炎の瞑想。心のトランス状態を明るく。この発想で新鮮に感じた。
深く深く。
熱感で汗ばみはしなかったけど、腕は動かなくなり、足の裏全体に熱感。
心を随分、明るく保てた。

目の上から来るまぶしさ。

それから、僕が光輝いて、地球を照らすのでなければ、世界を癒すなど、ありえないのでは?とも思った。
心を光で、満たし(それが本来の心の姿では、と思う)、―そうすれば、許すことに苦労も無い。
戦争・弾圧を繰り返す人々への反感など、光り輝く心には、無意味になるのでは?
反感・憎しみから癒しはない。心も、世界も。本当の癒しには、全く別の方法論がある。
光ること、それは、また光に透かされることで、自分がより透明、純粋になること。この感覚はとても大事なのでは、と思う。炎の瞑想、純化するということ。とても重要に感じる
ここまで、何年、掛かったのやら。はは。(^^;)

参考リンク
世界を癒す方法論について―平和の絵本で国際協力ボランティア


  1. 2002/05/26(日) 12:39:55|
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光と炎の瞑想

今日は、タイムマシンの瞑想は、やらず。
ろうそくの炎、光と一体となるという、恐らくは本来の炎の瞑想を。
これが、炎の瞑想の意味か、という気がする。

心の中を見つめると、あまり、明るくないのだ。さらに、向かおうとしているトランス状態、これが、決して明るいイメージを持っていなかったことに気が付いた。
今まで深いトランスに向かうとき、睡眠のような、夜のような暗さへ向かっていたことに気が付いたのだ。
炎の光。光に包まれたトランス。もしかしたら、それが本来の心の様相ではないか?
その光で、自分を透かそうとすると、暗い部分が。光に抵抗するもの。
僕のいじけた気持ちが、光を拒むようだ。
その自分に光を通す。光と一体になろうと。そして、光を辛く感じる自分。自分の本来の姿は光だというのに。

ああ、光で透かすと、涙ぐむ。
ちょうど、父の波動を受け取ったときと同じ、愛・光を受ける苦痛。つまりはいじけられない苦痛。皺を伸ばされるような、秘所で、明かりをつけられるような、身もだえするような苦痛。
―救いと涙。
炎の瞑想。これは、僕に必要な瞑想だ、と思う。ようやく、意味がわかってきた。ここまでに、何年掛かったのやら(自分の心の暗さ、固定観念に気づくのに)。
いやはや…

参考リンク
心の闇―孤独についての絵本「どっちだ?」

  1. 2002/05/25(土) 12:32:59|
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緑の光

トランス状態に入る。

様々な実感。胸の中心(チャクラ?)への圧迫感は、かなり強い。

何か、甘く切ない塊のようなものを、胸のあたりの空間に感じられて、それを開こうとすると、緑の光が、胸の中心へ吸い込まれる。

何か意味が有るのだろうか? 

戦争を繰り返す人々を心理学?的に理解しようと努めていること/憎しみの昇華につとめていることと、何か関係があるのかな、とも思う。


*************

炎を、体の中心の垂直線(僕の実感ではひしゃげている)を開き、そこに、通す。ろうそくの炎の光で満たす。熱感を少し。でも、汗ばむほどには、感じない。

単純に、鏡で写しているかのようにして、炎を自分と思う。そのイメージの中でくつろぐ。このイメージ・体感が、僕が「飛ぶ」ための勇気を与えてくれそうな予感。

感受性の回復。僕の鋭すぎる感受性、失われた感受性の回復を。明治時代に生きた自分が、鏡に吸い込まれていくような映像。
合体するのかな?

四次元へずれる、移行するのは、うまく出来ず。まだ心が硬い。


リンク
戦争をする心理については、善悪中毒の心理学(の本)
一方で、繰り返す心理については、憎しみの連鎖の心理を描く絵本―終わりの無い物語


  1. 2002/05/23(木) 11:28:32|
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もがいてみようか

光に耐える、というのは、一つの訓練。
体の芯を開けて、光を感じてみる。…う~~ん、結構、キツイ。

とにかく、自分の感受性を自分で一所懸命麻痺させていたこと。
幼児期に、強すぎる感受性を、一所懸命、麻痺させた記憶が蘇ってきた。

あのころは、それこそ、暗闇も死も地獄も恐怖していた。逆らわれる事、自らの心の被抑圧者の反乱におびえていた。

あのころ麻痺した感性を、こうして、リハビリしているのだろう。
キツサを、ただ体験してみる・・・



それから、タイムマシンの瞑想も。
1時間ずつ、自分の意識を過去へ戻すように。

あれれれ、自分の意識を肉体・固定観念の束縛から脱け出させようともがいているみたい。
呼吸法がもがくツールを提供してくれる。―そして、瞑想の深みは増してくる。
呼吸に、意識を載せて運ぶ。
トランスを深めるためではなく、過去に運ぶ。4次元へ向けて運ぶ。

ろうそくの存在は、やはり原点、今、ここ、かな? 
岸という教えもあった。

自分が光とより一体化して、感情に囚われることがなければ、僕の心はより自由に、次元を超えるのかも。

きっと、もっともがいて、この固定観念(心が肉体に有るという)を、打ち砕く必要があるのかな。

しばらくは、もがいてみようか。。。。



リンク
被抑圧者の反乱について、国際平和協力のメッセージ絵本―優しい巨人


  1. 2002/05/22(水) 11:01:37|
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胸にキュンとくる

いつもどおりの練習。

吐く息に、意識を載せる感覚。この呼吸法は、トランスを深めるのに、結構、役に立つ。深く深く、目指したけど、胸にキュンとくる感じ。それが邪魔して。

こういうときは、無理に深めない。

このレベルに課題がある。…そこで、シコリを広げようと、サナギの瞑想に移行。
ああ、でも、嫌なものではないナ。ま、いいや。とにかく広げてみよう。

ギギギっと力をこめる。

そしたら、胸の中心に緑の光。―あ、これが巷でいうチャクラかな?
胸に緑の光が、回って、吸い込まれるような。当たるような感覚。
面白い。(^^)


ひととき、この体験を楽しんで手放す。

・・・・

それから、ろうそくの炎との一体感へ。
炎の瞑想。
ろうそくの光で、体の芯を満たそうと試みたとき、「僕は、体の中を光らせることに、耐え切れるのか?」という命題。

実際、光で満たされることに、僕は、まだ抵抗感が強い。これは、次の課題となる。
まだ、癒しを求めて、孤独の闇に潜む自分が、そこかしこにいるのだろう。

ろうそくの光を使って、光に耐え切れるように。自分が光に耐え切れて、初めて、出来ることがたくさんあるのだから…

う~~~ん、瞑想、楽し!(^^)

リンク
孤独の心理、原因を描く絵本―どっちだ?
  1. 2002/05/21(火) 10:46:15|
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基礎練習

ま、基礎練習だな。
トランスに入って。

サナギの瞑想。どす黒い血のようなもの。感情の奥に響くものあり。その液体を掻きだした後には、金属の蓋。
これ以上、先へ進む気力なし。
無理をしても仕方ない。これはマラソン。

タイムマシンの瞑想は、自分自身を24時間、過去へ呼吸で、1時間ずつ、もって行きながら、炎の引っ張りを実感していくことをやった。
炎が、複数に見えるような見えないような、だが。まずは、炎の引っ張りからかな。

  1. 2002/05/17(金) 14:31:40|
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水辺の風景

横に一の字を書くように、ズラス感覚で、呼吸法。
吐く息で、ろうそくからはじまって、横に一の字を延々と書きつづける。
力んでしまうときには、目をつぶって。

それで、ハイアーセルフの導きを求める。…上空から、宇宙が降りてきて、自分を包む感じ。
そしてろうそくの炎を、同じように、横にずらし、過去へ。時間軸をずらして。
導きを信じて。

水辺の風景。
この見方は、自分を覆い被さった宇宙からの映像という感じ。自分で作ったイメージではなく、潜在意識というか、夢のベースで自然発生する映像。

水辺の風景。ある程度、それはしっかりした映像。記憶だろうか。水辺から、画像が道端の草とかへ。僕が知らない風景だ。

それから、海へ。水に関係する映像が続く。

心の中のシコリっぽい感情にきづき、さなぎの要領で開ける。ぐっと開けた感覚を保ち、そこに、みずみずしい、安らぎの気の流れ。

清らかな水の流れ… 無限に浸る今、ここ。

  1. 2002/05/15(水) 10:54:45|
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殺人事件の悪夢

殺人事件の悪夢を見た。

何人かで、旅館かどこかで、雑魚寝をしている。2部屋あり、どちらで寝ても良い。そのうち、誰かが殺されるという殺人予告。まさか、これだけくっついて寝ているのに。
結局、二人、殺されてしまう。一人は、まさに、親しい・信頼できる人の、目の前で殺された。その人が、目を開けさえすれば、見える位置で。
まさか、その人が殺人者だなんて!?

死んだ二人の死因を調べるのに、その場で、司法解剖のようなこと。体のあちこちにドリルで穴を開けるということをするらしい。

それを、僕は見たくない。誰かがしっかり見なきゃだめ、といっているが、僕は見たくない。見ることで、心に一生傷が残ると思っている。僕が見たからといって、何も変わらない。僕は嫌な記憶を引きずりたくは無い、と逆らっている。

…ということで、悪夢から目が覚めた。逃げてしまった。
ああ、残念ながら、直面することを忘れていた。直面すること、つまりは目を開けることは、心の平和と調和への最低必要条件なのに…。

もちろん、この悪夢は、活性化した潜在意識のメッセージであり、活性化させてくれたのは、ハイアーセルフだろう。さなぎの瞑想の延長に有るものだ。

つまりは、この悪夢の先に、開けるべきトラウマ/シコリガ隠されている。
目を開けて、それを見ないと。

がんばんべ。

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目を開けること・・・世界平和へのメッセージ集 目を開けて
  1. 2002/05/13(月) 07:12:18|
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父の知り合いの息子

父の、知り合いの息子の夢

僕は、クラスメイトの家(日本人ではない)に、宿題か何かをするのに、お邪魔する。そこは小さなフラットだと思っていたら、目の前に海が広がる。
木で出来たバルコニーは、浮く仕掛けで、それに乗ると、ちょうど良く沈み、足を海がぬらす。
それがなんとも気持ちよい。
裕福な生活への憧れかな?
「こいつ、金持ちなんだあ」と思っている。
―すると、そこに、知り合いの女性が二人。
あいつは、変な奴よ、という感じで僕に言う。「俺、実はあいつのこと良く知らないんだ」
「彼はね、ギターのE弦をペンチでこねた変な人なの」
と小夜子さんは、差別意識をもって言う。

これは、お金持ちへの嫉妬か? それとも裕福さへの憧れへの罪の意識か?

…なんと、レコードまで出しているんだ。そのレコードのジャケット、関連の書類を調査してみる。
あいつ、妙に、アプローチしてくると思ったから。疑惑の気持ちが生まれたのだ。

調査資料をまとめて、それを一緒に旅行に来ていた父と母に見せる。父は、あまり健康ではない。
そうすると、父は、手紙を一つ発見。「なんだ、○○さんの息子じゃないか」と涙ぐむ。懐かしさで。疑いを持つなど、とんでも無かった。

「なぜ、それを早く言わなかった」と叱られ、むっとくる。○○さんの息子かどうかなんて、俺は知らなかった。

これは、毒なので、使わないようにという、薬草の現物が入った、元のレターまである。父の病気に効く薬だ。

お母さんにも、叱られ、ひどく腹を立てる。これほど、オヤジのことを思っているのに、と。

父の病へ何も出来なかったことへの悔恨かなあ。。。

それを抑えていると、親戚が集まってくる。畳の部屋。
それから彼のことも、その場に呼ぶ。すると彼は、一人一人を、馬鹿にした発言をする。料理勝負で、敗れた奴とか。バンドを組んでいるのに、売れない奴とか。

  1. 2002/05/12(日) 08:53:01|
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炎と時間

いやあ、強烈!だった。

まず、細く長く息を吐く呼吸法で、呼吸に乗せて、自分のトランス状態を一直線に、深めてみた。なんだか、アクセルを吹かしたみたいで、グングンとトランスが深まる。
呼吸法が持つ、独特の、すさまじい催眠・暗示効果だ。
「気持ちが落ちている」という自己暗示だとか、数息法だとか(呼吸の数を数える)とは、次元が違う。
自分の意識の中心は変わらずに、周りの自分を、息に乗せて変えていく。
それが効果的で、かなり深いトランス状態へ。

そして、1~2時間過去へ行く。
これは、炎の瞑想の応用だ。時間軸を意識。
時間軸という感覚につていは、生得のものとして僕に有るようだ。

思い切って、多くのろうそくの炎もイメージしてみたりもした。その別の時間軸の炎が、今、鏡に移って目の前に現れている。
呼吸法をさらにここでも使うと、強烈過ぎるとの危惧もあったが、何が何だかやってみなければ分からないので、構わずトライ。

一つの炎が複数に分かれる。そして、だんだん、虚像に過ぎないはずの複数の炎が、それぞれ存在感を持ってくる。

その複数のそれぞれの炎が、鏡にうつって、現れるというイメージは、それほど違和感が無い。

そして、まさに、過去の炎が、目の前に現れたという実感!
その瞬間、心のヒダに何かが触れた。

うわあ! それは、強烈なショックだった。
僕は、時間に触れてしまった。別の存在へ、この時空では触れることの無い存在へ、触れてしまった。
バッと涙が溢れた。もう、これ以上は続けられない。

う~~ん、1~2時間で始めてよかった。自制してやらなければ、発狂しそうだ。
・・・それにしても、面白かった。(^^)


  1. 2002/05/09(木) 09:09:08|
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憎しみを手放す

まずは、呼吸法でトランス状態を深めていく。

だけど、先日のトランス状態までは降りられず。もっとやれば、あるいは、だけど。
途中で、呼吸法を続けるのが嫌になり、心の中に存在しているシコリ、怒りに集中して、瞑想。

いじめや戦争を繰り返す人々への反発、憎しみ。

僕には、彼らを加害者として、そして殺されていく人々を被害者として見ている部分がある。そこに、憎しみ、反発の存在。

恐らく、心の宇宙と外の世界と、交わる場所では、加害者、被害者の別は存在しない。カルマの成就―学び―があるだけだ。

しかし、僕の気持ちは、まだその粋に達していない。加害者/被害者の存在する次元に、僕はまだ、気持ちを置いている。
きっとそこに問題が有るのだろう。

瞑想を続ける。自分の心を戦争を繰り返す人々の気持ちへ、そっと寄り添わせ、同化させる。

しだいに彼らの気持ちが流れ込む。
そして、加害者側の人々の気持ちが自分の言葉となって流れでてきた。

…「俺は、こんなに強いのに、なぜ、こいつら逆らいやがるんだ。生意気な。殺してやる!」
―激しい憎しみ。
「たかだが虫けらのようなお前らが、なんで逆らう? 戦って勝てる訳もねえのに、逆らうんじゃねえ! ばかやろう! 俺が正義だ、おれたちこそ、善だ。俺達こそ、地上で最強だ。貴様らなんか、泥を食え。てめえらに、正義など無い。もし、逆らえば、殺してやる。」
―恐ろしい怨念が噴出してくる。
「なんだ、こいつら、もぐらたたきみたいに、後から後から、頭を出して、逆らいやがって。叩いてやる。ほら、殺してやる。まだ、死なないか。まだ、逆らうか。これでもか、これでもか。殺してやる、殺してやる。逆らう奴らは、殺してやる」

そこにあるのは、憎しみと傲慢の塊。僕は彼らに同化した自分の心を覗き込む。

その底には、自分が変わることへの恐怖。虫けらのために、自分が反省など、してたまるかという傲慢・恐怖。

「あたりめえだ! 虫けらごときに、頭を下げられるか! ばかやろう。だって、俺は強いんだ! 俺こそは、正義だ。神の祝福を受けているんだ!!」

そんな憎しみの塊に、自分が化している。同化している。
自分に逆らう連中を、次から次へと、絞め殺す、叩き殺す。そんな憎しみの塊に。


瞑想は続いている。


次に、広島へ原爆を落とした乗務員の気持ちになってみる。そして、それを命令して何十万人を殺したトルーマンの気持ちに同化してみる。

「どうだ、どうだ、どうだ! まだ、足りないか。ならば百万人でも、殺してやるか!!」

いやあ、しんどい!

この作業を徹底的にやって、浄化して、それで初めて、加害者と被害者が、消えるのかも。後に残った、カルマの流れが見えてくるのかも。
誰もが、必要な経験をしているという事実が、穏やかに心に、残るのかも。

―途中で嫌になり、一服。…のつもりが、もう、続けられなくなり、瞑想をやめてしまった。

なんという、ヒドイ作業だ! どぶさらいどころじゃない。心から人を許すというのは、なんともはや、最低の、グチャグチャの作業だ。

まだ、内と外の宇宙が交差する点にまで、降りられない。

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いじめや戦争の心理/原因を描く絵本―魔法のメガネ
  1. 2002/05/07(火) 08:55:29|
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緊張を中へ

大きな仕事を前に、妙に緊張。
呼吸法で緊張感を手放そうとしても、まるっきり集中できない。
ま、こういう日もある。
そうじゃなければ、おもろくない。

―時間をかけて、自分の心、その緊張感と付き合う。
なぜ、たかだかこんな仕事で、緊張するのか? 
どこか依存した、甘えた自分がいるようだ。
もうそんな年齢/立場では全くないのだが…。

仕切りなおしをして、呼吸を続ける。
集中できない。
一度、集中を解く。

簡単に体操をして、新しい気持ちで再開する。
トランスに入るための、入り口を探す。

登山道とでもいうのだろうか?
一つの道が塞がれ通れないなら、別の道を探すだけの事。

あ、入れる。
そのまま、別の道―つまりは心の隙間から、深く入っていく。
すうっと…
もう、大丈夫だ。

何を緊張していたのか?

いや、緊張よりも面白いこととして、緊張感のようなものを、心の外へ出そうとしている自分に気づいた。

ああ…、ここに見栄がある。
人は、他人に対してではなく、自分に対してこそ、もっとも見栄を張るのだ。
痛い。
妙な操作をせず、ただ痛みを感じる。経験する。―痛みが次第に弱くなり、去っていく。

なるほど。俺はこんなちっぽけなことでは緊張しないという見栄が心を頑なにしていたようだ。
そして、緊張感のよ~な感情のウネリを、外へ捨てようと、無意識に努めていた。

これでは、緊張感は、その役割を果たせない。僕はそれを卒業できない。

そうではなく、中へ。傷つくために、中へ。味わうために、中へ取り込む。
緊張感もまた、貴重な自分のカケラなのだから。

それはシンドイ作業だけど、中へ、中へと取り込む。
中へ。
つまりは、もっともっと悶え苦しもう、ということだ。
ああ、痛い。


トランス状態で、身もだえする。ただ、痛みに身を任せ、身もだえする。
緊張感の底にある不信。恐怖。不安。

見えてきた…。

味わい、そして、経験して、選択する。君を僕は選ばない…。

  1. 2002/05/06(月) 16:23:44|
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世界のゆらぎ―炎の瞑想と呼吸

日中。
部屋を閉め切り暗くして、ろうそくの炎を前にして。

炎の瞑想。そして、呼吸法。
―余計な事は、何も考えないで。これを徹底的にやる。

炎に向かって、長い息を吐きかける。口からひたすらに細く長く。
途中で、吸うことの意義を感じて、そこに集中。
ちなみに吸う時は鼻から。

さて、吸うことで、炎を心の真中に、…来て、その位置で吐く。
そこそこ炎との一体感の芽生え、のようなもの。
これはまた、少し、変わったトランス状態だ。

―とはいえ、続けるのは、シンドイ。いらいら感が生まれて。
そのイライラ感を、引っぺがしてみたら、砂と海が見えたけど。ど~かな?
あまり自信がない。
これ以上は、無理。集中できない。
無理はしない。時間はいくらでもあるのだから。

―夜、もう一回挑戦。

まず祈り。全託の感覚を身にまとってから、炎と呼吸。
小ざかしい知恵を捨てる。余計な倫理や道徳も。
これをまた徹底的に。
今度は、イライラ感無し。昼間よりも、かなり深く入れる。

炎を、確かに、今、感じている。トランス状態の深まりにつれて、炎がより、生々しく、なまめかしく。世界がゆらいでくる。

目を開けていながら、この本来は固定的な硬い世界が揺らいでくる。

世界が炎に溶け込む。
―ああ、これが炎の瞑想か、と実感。呼吸も、恐らく1分間に1度ぐらいまで遅くなる。
静かな呼吸の線に中に、炎が今、そこにある。

その深いトランス状態で、出る放射線?と、入るものを意識。

意識を世界平和に向ける。
あの国の人々が抱く恐怖、激しい恐怖を感じる。体の中に、炎の中に、彼らの恐怖が染み込んでくる。―地獄の恐怖だ。

…それを、内的な宇宙へ飲み込む。
内と外が、X状に交差している状況、イメージを見る。Xとは、つまりは、座標軸のこと。

その座標軸の基点こそ、今、ここに他ならない。
その基点の位置に、自分が一体化している。中心に自分がいる。
今、ここに、自分が一体化している。

体験への深い満足。涙が出てくる。
ハイアーセルフ、守護霊様に、お礼。

それにしても、瞑想は義務感でやるものではない。タイムリミットを気にしながら義理でやるものではない。
それでは、決して、上達できない。


リンク
地獄の恐怖を描く絵本―良い子にならなきゃ
  1. 2002/05/05(日) 14:45:47|
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水面は鏡のように…森の瞑想

森の散歩
久しぶりに、近くの森を歩いてみた。
家の近くの坂を降り、5分も歩けば、そこには森だ。
手前にある芝生のグランドを横切りながら、気持ちを集中させていく。
集中といっても、思いつめるのではない。
力を入れるのでもない。
力は抜く。でも、適度な緊張。そこにはバランスがある。
そう、…全てはバランスなのだ。

まず、匂いに集中。
一点に絞り、そして、広げて。ここにも内と外のバランスがある。

次に、音。空気。重さ。肌感覚。陽の温もり。
次々と集中の対象を変えていく。
10メートルほど歩く。
その間は、匂い。
そして、次の10メートルは、音・・・
そんな具合に。
場の気。植物や水の波動。
森の中には川。
その川を眺めていると、木の葉の瞑想で、水に流れているようなトランス状態を感じた。
瞑想を続けていると、トランス状態に入りやすい。
軽いトランスには、3呼吸もあれば十分。

水面は、鏡のように、空や森を映し出している。
心の世界でも、同化して、同調して、水が流れる。そこには、自然な和、調和がただ、ある。古からの日本の心でもあるのだろう。
森からの散歩の帰り道。
集中を解いてから、かえって、木々や周りを強く感じる。
これは面白い現象だ。
外の世界が、中へ入るとき、電気ショックのような、と聞くが、同一化、融合を感じるときの、エクスタシーとは、また、違うのだろうか?
木々はまるで甘い蜜だ。
ああ、世界はなんて美しいのだろう!

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古くからの日本の心―和とは?
  1. 2002/05/05(日) 12:28:20|
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ある日の瞑想―さなぎと宇宙

まず、祈り。ご先祖様と守護霊、ハイアーセルフに。これで、十分。

それから炎の瞑想/呼吸法
全託を意識して。力を入れ過ぎないように。
むろん、善悪で自分をコントロールする必要などない。善悪のジャッジをしないのは、基本中の基本だ。

そして行なったのは、サナギの皮をヒッペガス瞑想。
吐く息に乗せて、心を集中させていく。
一点に向かって。そして点は、また全てに通じるように…。

ギギギって目の前の何かを開くと、プラスチック(ビニール?)製の表面のくぼみ。
簡単に開きすぎる。…これは、フェイク。
そう、長く瞑想をしていれば、心が作り出す罠への直感も働くのだ。
むろん、癒しへの道も分かる。

そう思った自分は、今度は、このビニール製の、2メートル直径くらいの、蓋の周りを、ナイフで切っていった。
心がざわめく。
よしよし。このザワメキは、僕の選んだ方向性が間違っていなかったことを示している。
方向が間違ってしまえば、どれほど純情な「良い子」ですら、犯罪を犯してしまうこともあるのだ。

ふっと論理的な思考が、自分の心をかすめる。
これもまた、心の目隠し―防衛だ。

・・・何を僕はしていたのだろう?
深い瞑想状態で、意識を保つのが難しくなる。
ああ、そうだ。さなぎの瞑想だった。

また、サナギの表面へ。
サナギの表面を切り裂き、そして、うまく、ツボにはまったので、両手で持って、渾身の力で、開いてみた。実際に、両腕を使って、思いっきり、こじ開けた。
すると、汚いもの、腐ったもの、蛆虫とか、汚物が、噴出して来た!
そして、その底を覗いた。すると、そこには;
…なんと、宇宙が有った。
サナギの皮をこじ開けたら、そこには、ポッカリと、もう一つの宇宙が有った。星が、大宇宙に輝いている。

そこで、次は入り口(サナギを切り裂いたところ)、―今まで、岩でふさがれていたところを、思いっきり両腕で突き放した。

心の中の宇宙。なるほど、外の世界の宇宙に対応した、これが核。心の底には、もちろん、宇宙が有る。当たり前ではないか!
…とすると僕は、宇宙を塞いでいたのか? 宇宙をサナギの中へ閉じ込めていたのか?

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善悪のジャッジについては、「善悪中毒」の心理学(の本)
良い子が犯罪者については、子供を犯罪者へ育てる方法―絵本で描く少年犯罪の心理
  1. 2002/05/01(水) 20:41:24|
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