長く瞑想を続けているが、毎晩の瞑想はどれもちがう。
ある日、とても満足できる瞑想が出来たとしても、翌日、同じ瞑想が出来るわけではない。
今日、行う瞑想は、今日だけのもの。瞑想もまた一期一会。
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- 2018/03/01(木) 00:29:53|
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仏教、インド系の宗教では、欲望を消す、あるいは煩悩を消す、といった考え方がある。
人間であることの煩悩を消す、という段階は存在する。
しかしながら、それは結果。急いで無理して達成する、というものではない。
欲望を消すといったことは、瞑想、自己催眠、自己暗示で、強引にやることではない。
強引に消さなくても、意識が成長すれば、自然に、不要な煩悩、欲望は、消えてしまうものなのだ。
確かに意識して、欲望の残滓を掃除することはある。
しかしながら、それは軽く箒で掃く程度のことであり、決して、ダイナマイトで吹き飛ばしたり、巨大な岩でふさいだりするものではない。
これを間違えると、ずいぶんと回り道をすることとなるだろう・・・
スピリチュアルな修行は、階段をゆっくりと上るようなものであり、決して、無理をするものではない。
- 2012/11/14(水) 15:49:20|
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瞑想でも夢でも、直感でも。
意識、心というものは、大型タンカーのように扱う。
つまり、舵を切っても、簡単にタンカーは曲がらない。時間をかけてゆっくりと曲がる。
瞑想や夢も同じ。
テーマなり、求めるものなり、あるいは遠隔ヒーリングなり。その方向に意識を向ける。10分、20分というのではなく、一日中、そちらに意識を向ける、ということを、意識する。
それを数日間。
そうすると、その方向性を意識が向くのだ。
瞑想の間だけ、何かを考えよう・・・なんてしても、深いところには行けないものだ。
- 2012/10/07(日) 01:53:59|
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